【5月】やっぱり覚えてないけどよく頑張った&同棲してた時のはなし

5月も4月と同じで、とにかく突っ走っていた。
頑張っていた。

だからなのか、5月もあまり覚えていない。一生懸命頑張っていた頃の記憶って、仕事もそうだけど、ほとんどないのだ。でもそれはそれで良い。充実してたかは別として、頑張っていたのは事実だから。

なので今回も昔のはなしを書こうと思う。
私は20代の頃に同棲してたんだけど、なんと聞いてびっくり7年間も同棲してたんだよね。

7年間って、超長いよね。しかも20代の7年間って、人生においてもすごく貴重な時間じゃない?私はそれを全部、未来のない人との生活に突っ込んでしまったわけ。笑うよね。

ちなみにこの同棲のはなしは今までいろんなブログで書いてきてたんだけど、もう全部消しちゃったから、この記事で書くのが多分最後かな。もう書かないと思う。

彼との出会いは今から15年前。二十歳の時だった。

彼は私より12歳年上。結構離れてたけど、相性というか、気が合うなとは思った。

mixiで仲良くなって、リアルで仲良くなって、一緒に暮らし始めた。

彼は結婚するなら私しかいないって言ってたし、私も結婚するなら彼しかないと思ってた。

でも今思えば、ぜんぶ嘘っぱちだったな~て感じる。

ほんと。ぜんぶ嘘っぱち。彼は最初から私と結婚するつもりなんてなかったんだと思う。

いや最初はあったのかもしれないけど、私と同棲してた時間が長すぎて、マンネリ化しちゃったのかもしれない。その辺はよくわからない。

だけど田舎から母が遊びに来た時、会う?と聞いても「えー」という返事しか返ってこなかった。
その時点で別れるべきだったと思う。

だけど当時の私はかなりバカで、なんていうかもう情で一緒にいるところがあった。
好きっていうより、情で一緒にいる。こんなアホみたいなことがある。

彼と暮らして3年ほど経った頃、事件が起こった。

事件っていうより事故だったんだけど、彼と一緒に横断歩道を渡っていたら、向こうから自転車に子供を乗せたお母さんが走ってきたのね。

で、その自転車のハンドルと、私の腕がぶつかり、お母さんは自転車ごと転倒した。

子供も転んでしまった。お母さんは激高し、警察呼びましょうかと言ってきた。

まるで私が悪いみたいな言い方だったけど、素直に従った。

私はすぐに彼の方を向いた。そしたら彼はなんと私から離れて近くの店の軒先に避難していたのだ。

彼は私に何のフォローもしてくれなかった。

その後、警察がきた。だけどどちらが悪いというはなしもなくて、互いの連絡先を交換して終わった。

転倒した子供の近くにはガードレールがあった。そこにぶつからなくて本当に良かったと思ってる。考えれば考えるほど恐ろしい。

あとこれは私の愚痴だけど、そのお母さんが乗ってた自転車は、2人乗り用のママチャリじゃなくて、マウンテンバイクに子供椅子をくっつけたものだったんだよね。マウンテンバイクってハンドルが外側に突き出てるじゃん?そこに私の腕が引っかかったわけ。だから私からするとマウンテンバイクが悪い。つまりお母さんの方が悪いんじゃないの?って内心思ってた。

でも警察はどっちが悪いとかは言わなくてさ。でもそのマウンテンバイクの長さばっかり図ってて、お母さんにマウンテンバイクのはなしばかり聞いてたからお母さんもバツが悪そうな顔してた。そりゃそうだよ。私は普通に歩いてただけだもん。

だけど私が本当に話したいのはここじゃない。
元カレのはなしだ。

結局元カレは警察が帰るまでずーっと私から離れたところに突っ立っていた。

私は彼に言った。「側にいてくれなくて寂しかった。」

彼は言った。「僕が何か言ったら話がややこしくなるかと思って、離れてた。」

今なら思う。ふざけんなと。
今の私なら、多分グーパンで彼の顔を殴って、そのまま別れてたと思う。
というか何故そうしなかったのだろう。

私は彼を許してしまったんだよね。ああ、そういう優しさ?もあるのかな?とか思って。
我ながらホントバカだよね。クソバカだよ。

元カレの思うツボだったわ。私はさ。

これが同棲して3年目のはなし。私はさらにそこから4年彼と一緒に暮らした。

だけど終わりは突然やってきた。

早い話、私が限界を迎えたのである。

当時の私はもう仕事が辛くて、なんていうか疲れ切っていた。

だけどもう結婚とかは正直私の中ではなくなっていたと思う。

はっきり意識してたわけじゃないけど、彼は私と結婚しないと、心のどこかで確信してた。

きっとこのままずっと、ダラダラ同棲していく日々が続いていくんだろう。

そう思った。

だからある突然、実家に帰ると言った。彼はウダウダ言ってたけど、私は聞かなかった。

ウダウダ言うだけでしっかり引き留めもしない、そんな彼のクズさ加減にもいい加減うんざりしてた。こんな人と私は7年間も一緒にいたんだ。こんな人に私は7年間も無駄な時間を費やしてしまったんだと思った。

極めつけは、「じゃあ親に会う?」と言われたこと。

じゃあってなに?って思った。じゃあ会う?って何よ。ふざけんな。
私の貴重な20代の時間を返せ。このクソ野郎。

でもそんな怒る気力ももうなくて、私は適当に流して避けた。

すぐに戻ってくるねと嘘をついて彼から離れ、田舎に戻った。

だけど彼からはほとんど連絡がなく、それもびっくりしたけど、まあ淡泊な人だしそんなもんだよねと思った。7年も一緒にいたのに、離れてもほとんどメールすらよこさない。

ほんとなんだったんだろうあの人。

数ヶ月後、私はメール1本で彼と別れました。

お互いフリーってことで!☆みたいな感じで。

そしたら彼からは「年とってお互い残り物だったら考えようや」とか言われたけど、ふざけんな消えろって思いました。残り物になってもお前とはもう一緒になるもんか。そう思った。

だけどあの7年間、彼からは良い思いも結構させてもらったのは事実だ。

だから私は考え方を変えて、アイツは東京に住んでた頃の私のお世話係だと思うことにした。

付き合ってたんじゃなくて、私のお世話係。そう思えばラクになれた。

時間を無駄にしてたんじゃなくて、単純に私のお世話をしてくれた人ってこと。

そう考えればスッキリする。

今でもたまーに、新年とかに連絡くるけど、なんでLINEよこすんだ?って思う。

それ以外は全然よこさないのに。ホント何考えてるかさっぱりわからなかった。

もう淡泊な人とは絶対付き合わないって決めたし、付き合ってから態度が変わる人も嫌だな。

そう思うともう誰とも付き合えない。

4月の記事にも書いたけど、3年前に好きになった人にも酷いフラれ方したし、もう私は恋することができないんだって思ってる。

結婚はもちろん、恋愛にも縁がない。

まあそれはそれで、別にいいんだけど。

私には仕事の方が、大事だもん。

彼と別れて私は自由になった。その後何度か出会いには恵まれたけど、全滅。

ほとんどが私の勘違い、もしくは合わなくて離れてしまった。

だからやっぱりもう無理なんだと思う。
年齢的にももう適齢期過ぎてるし。詰んでる。

だけど仕事は上手くいってるし、私にはそっちの方が重要なのだ。

だからぜんぜん辛くない。むしろ良かった。

私は仕事に生きていく。

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